大麻の薬や嗜好品としての歴史は長く、中国で2700年前にシャーマンが薬理作用を目的としたとされる大麻が発見されています。後漢の頃に成立したとされる中国最古の薬物学書「神農本草経」には薬草として使われていたことが記されています。歴史の父と呼ばれるヘロドトスは、『歴史』において、紀元前450年のスキタイ人やトラキア人は大麻を吸っていたと伝え、70年にはローマの医学治療として大麻の使用が言及されました。アラビアと中東では900年から1100年にかけて大麻の喫煙習慣が広まった。アメリカ大陸においては、1549年にアンゴラの奴隷がブラジル東北部での砂糖のプランテーションで砂糖とともに大麻を栽培し、喫煙していました。アメリカ大陸のスペイン領やイギリス領でも大麻の栽培は行われ、特にメキシコでは大麻使用が大衆化しました。ヨーロッパでは、嗜好品としての大麻は1798年のナポレオン・ボナパルトによるエジプト遠征によってエジプトから伝えられ、1843年にはパリで「ハシッシュ吸飲者倶楽部」が設立、1870年にギリシアで大麻使用が全土に普及しました。また、イギリスの上流階級の間にも広がり、ヴィクトリア女王は生理痛の緩和に使っていました。薬用としては腹痛や発熱、不眠症や結核患者に使われた。その後、ほとんどの欧州諸国で非合法化されてきたが、1976年にオランダで寛容政策が行われ、コーヒーショップやユースセンターでの大麻販売を認めました。日本では1886年に印度大麻草として日本薬局方に記載され、1951年の第5改正日本薬局方まで収載されていました。また、庶民の間でも痛み止めや食用として戦後に規制されるまで使用されていました。ただし、日本で伝統的に栽培されていた大麻は幻覚成分であるTHC含有量が0.1%程度と弱く、日本では大麻の使用は工業用途に限られていたと考えられており、日本における嗜好目的での使用は第二次世界大戦後のアメリカ進駐軍から広まったといわれています。
アメリカ合衆国においては、1840年に医薬調合品として大麻の利用が可能になり、1842年から1890年代まで処方される薬の上位にありました。嗜好品としてはオスマン帝国のスルタンであるアブデュルハミト2世が伝えたとされ、1876年の独立100周年を記念するフィラデルフィア万国博覧会のオスマン帝国のパビリオンでは大麻の吸引が行われました。その後、アメリカ北部で大麻を吸引できる店が開店し、上流階級や地位のあるビジネスマンがお忍びで通りました。禁酒法時代にはクラブなどの公共の場で酒の代わりとして振る舞われていました。しかし、1915年-1927年には南西部州を中心に医療目的以外の大麻使用が州法で非合法化され始め、禁酒法の廃止や治安悪化、人種差別や移民問題、合成繊維の普及と相まって、1937年に連邦法によって非合法化されました。1960年代にはヒッピー・ムーブメントで大麻使用が大衆化され、ベトナム戦争で大麻を吸うアメリカ兵士が急増しました。現在では州法での医療大麻の使用が可能になった州もあるが、連邦法との板挟み状態にあり、医療目的で大麻を使用する患者や老人、薬局などが逮捕や強制捜査を受けるなどのグレーゾーンであったが、2009年2月に医療大麻に対する取り締まりが終結されました。
宗教面では、前1200-前800年にはバラモン教の聖典「ヴェーダ」から医薬や儀式、シヴァ神への奉納物として使用されたと記されている。その他には前600年のゾロアスター教の経典「アヴェスター」では麻酔薬・鎮静剤として言及され、500年-600年にはユダヤのタルムードにおいても大麻の使用が記載されています。また、日本の神道とも関わりが深く、穢れを祓う紙垂(しで)は古くは麻の枝葉や麻布であったとされるし、神職がお祓いに使う大幣(おおぬさ)は大麻とも書き、麻の糸を使用している。ほかにお盆の迎え火や正月の護摩焚きで麻が燃やされるなど、神事、仏事に広く利用されていました。
2010年10月、メキシコ軍はメキシコのティフアナ市郊外で民家などから大麻105トンを押収。末端価格は総額42億ペソ(約280億円)相当に上り、大麻の1度の押収量としては世界最高記録とされる。